がん医療における放射線治療の重要性は年々増しており、医療施設への新しい治療装置の導入が進行中である一方、そうした治療装置の品質維持・管理、放射線治療計画の実施するに不可欠である放射線物理学を十分に熟知した放射線治療医や医学物理士・放射線治療品質管理士の不足はより深刻となっています。近年、多くの国立・公立・私立病院において発生した放射線治療における過剰照射や過少照射による医療事故は、放射線治療の潜在的危険性を改めて認識させるとともに、更なる放射線治療の安全管理体制確立の必要性、すなわち医学物理士・放射線治療品質管理士の人材育成が急務であることを物語っています。平成19年度現在、日本の医学物理士は319人、放射線治療品質管理士は501人(重複あり)に登りますが、医学物理士だけで米国で4000人程度、人口が日本の半分以下のヨーロッパの先進国でも1000人近くいると言われています。少なくとも人数だけからみますと、欧米の医療先進国よりも医学物理士・放射線治療品質管理士の数が圧倒的に少ないのが現実です。東京大学医学系研究科は文部科学省の「がんプロフェッショナル養成プラン」の一環として独自のプログラムを作成し、質の高いがん専門医・医学物理士・放射線治療品質管理士養成の一翼を担っています。

I. 放射線治療における医学物理士と放射線治療品質管理士

A.医学物理士

医学物理士を認定することにより放射線治療における質の向上と維持を図り、医学に携わる物理士の地位を確立することを目的とした、医学物理士認定制度規定が日本医学放射線学会において設けられています(詳しくはこちらLinkIcon)。

認定と名称

1.所定の資格を有し、認定試験に合格した者に対して「医学物理士」とする。
2.医学修士卒又はそれと同等と認められる者を対象とし、物理工学面から医学および医療の発展に貢献しうる素養を有する者を学会が公認する。

受験資格

日本医学物理学会正会員で次の1条件を満たす者。
(1)理工農薬学修士または博士で、医学における経験年数1年以上の者
(2)理工農薬学士で、医学における経験年数3年以上の者
(3)放射線技術系もしくは放射線医学物理系の修士または博士(取得見込み含む)
(4)放射線技術系の学士で、医学における経験年数2年以上の者
(5)診療放射線技師で、医学における経験年数5年以上の者
(6)医師・歯科医師で、医学における経験年数1年以上の者
(7)医師・歯科医師以外の医歯学博士で、医学における経験年数1年以上の者
これらの規定に拘わらず、日本医学放射線学会が認めた者。

B.放射線治療品質管理士

放射線治療の安全管理体制を確立することを目指して、平成16年11月に放射線治療品質管理機構が設立され、放射線治療品質管理士の認定が開始されています。放射線治療品質管理士は、放射線治療の品質管理を行う能力と経験を有する者であり、今後、治療現場で品質管理の任にあたる方となります(詳しくはこちらLinkIcon)。

申請資格

放射線治療品質管理士の認定を申請するには以下の条件1と2を満たしていること。
1.放射線治療の実務経験2年以上の者*で、治療品質管理**に1年以上従事したもの。
2.下記のいずれかの資格を持つ者
   (1)日本医学放射線学会の「医学物理士」
   (2)日本放射線治療専門技師認定機構の「放射線治療専門技師」

* 理工系出身者にあっては、以下の施設において治療関連の業務に2年以上従事していることが条件です(なお、この規定は暫定的なものであり、平成19年度に見直されます。)
放射線医学総合研究所、癌研究会癌研究所、国立がんセンター、公立がんセンター、兵庫県立粒子線医療センター、大学(付属)病院放射線科・放射線腫瘍科、筑波大学陽子線医学利用研究センター、その他機構が認めた施設

**治療品質管理とは、「放射線治療品質管理士制度」に記載されている以下の業務をいいます。
・ 放射線治療装置のQAプログラムの立案と実行
・ 放射線治療計画装置のQAプログラムの立案と実行
・ 治療計画システムに入力するデータ作成と指示と、すべてのコンピュータ線量測定計画のチェック
・ 実行するべきテスト、許容度とテスト頻度を含む治療計画の施設QAプログラムの決定
・ QAプログラムにより判明する矛盾や問題を理解して適切に対応する。
・ 治療装置・治療計画装置のQAプログラムの様々な側面で他の放射線治療品質管理に携わる者と協力
・ 機器導入に当たって放射線治療装置、計画装置の品質管理面からのプログラムの策定
・ 機器故障後の修理終了後の品質管理の立案と実行
など

放射線治療品質管理士の認定は、後述の申請資格を有する者に対して講習会を行い、所定の講習を修了した者に対して行います。また、放射線治療品質管理士は3年後に更新が必要です。

II. 放射線と放射線治療の品質管理

 放射線とは一般に高いエネルギーを持った粒子線のことを指します。核分裂や核融合のように核変換の過程で生じるα線(ヘリウム原子核)、β線(電子)、γ線(光子)、中性子線とともに、加速器によって加速された高いエネルギーを持つ様々な粒子線(例えば電子、陽子や炭素イオン)、粒子線を物質に衝突させることによって生じるX線なども放射線の一種であり、治療用放射線として使用されています(図1)。

 放射線治療における放射線品質管理は、気体や固体、液体と放射線との相互作用を利用した放射線強度(放射線量)の計測によって行われます。例えば電離箱線量計を用いた放射線量測定では、放射線と物質(気体、一般に空気)との相互作用により生じたイオン対(電子と陽イオン等)の量を計測し(図2)、この1対の正負イオンを作るのに必要なエネルギー(W値)から放射線量を換算しています。なお、放射線量の計測には粒子線の種類やそのエネルギーに応じて適切な線量計を選択する必要がありますし、選択された線量計によっては特有の補正が加わる場合もありますので、放射線品質管理を携わる医学物理士としては線量計の種類による線量特性を正しく把握しておくことは非常に大切なことです。上記放射線品質管理の内容は「がんプロフェッショナル養成プラン」における東京大学医学系研究科のカリキュラム「線量測定実習」として、東京大学医学部付属病院及び本プログラムの連携病院において1年間研修が行われます。

担当教員

准教授 中川恵一(放射線医学講座放射線治療学分野)

線量測定実習内容

1.電離箱線量計を利用した放射線線量測定
2.電離箱以外(フィルム、ガラス線量計等)の線量計を利用した放射線線量測定
3.線量計の種類による線量特性の把握
4.測定データの解析法(誤差の算出法など含む)
5.測定結果の判断法
6.日常の線量管理法の立案と実施及びその評価

参考図書

外部放射線治療における吸収線量の標準測定法 (日本医学物理学会編)
定位放射線照射のための線量標準測定法 (日本医学物理学会編)
放射線治療における小線源の吸収線量の標準測定法 (日本医学物理学会編)

III. 放射線と物質との相互作用

 放射線と物質との相互作用を理解することもまた放射線治療においては不可欠なことです。放射線はそれを構成する粒子の持つ電荷・質量やエネルギーによって他の物質との相互作用の仕方が大きく変わってきます。例えば電荷も質量もなく、高いエネルギーを持つ粒子(高エネルギーのX線など)は物質となかなか相互作用できないため、物質の深部まで入り込むことができますが、電荷や質量が大きく、低いエネルギーを持つ粒子(低エネルギーの陽子線など)は物質とすぐに相互作用してエネルギーを失うため、物質の表面で吸収されてしまいます。 電荷を持ち質量が大きい粒子線でも、非常に高いエネルギーを与えることができれば物質の内部まで入り込ませることができます。図3に示されているのが、それぞれの粒子線に対する物質表面からの距離xにおけるエネルギー損失(阻止能)dE/dxです。粒子が重くなると粒子が止まる直前により多くのエネルギーを物質に与えることがわかります。こうした各々の放射線と物質との相互作用の特長を正しく理解し制御していく技術は、がん組織に対する放射線治療に大変深く関わっています。

IV. 放射線治療計画・高精度放射線治療